参加申し込み

市民セミナー報告書より

晴れ空で、ハイカーの姿も増えてきた

 朝の記念碑台の気温は11℃、タムシバなどが咲く行楽日和です。午前中は15名が参加して、散歩道散策とまちっ子の森整備の二手に分かれて活動しました。23名が講演に出席し、延べ27名が充実した1日を過ごしました。

震災復興を経て、アーカイブ写真館を運営

 東さんは長田で漬物屋を20年以上やっていて、震災で家がつぶれて燃えて、そこから不思議な人生を歩いたと述懐されました。3,500坪の土地を借り上げて仮設店舗を作り、100店舗の管理運営をされています。その後、長田区役所の手伝いで、5万点の写真を整理され、火事で燃えた資料を収集し直す意欲を高められました。
さらに神戸市から委託されて50~60万点の資料の整理保存に携わっておられます。それがきっかけで、アーカイブ写真館の設立につながっています。「パソコンもろくに出来ん男が、写真の整理保存を自己流でやり始めた。たまたま六甲山に登って写真を撮りまくったのを整理したのがこの本につながった」と、背景を語っておられます。

「登山はまったくの素人」の連発に、感嘆の笑い

 60歳になった時に、神戸市の若い子と初めて山に登って、全山縦走に行くために練習をされた。その際によく道を間違えて、「この道はどこへ下りて行くんかな?」と疑問を持ったのが発端になっています。平成18年11月23日に縦走を完走し、翌年1月から5年におよぶ山歩きを続けられたとのことです。「ふつうの人は山頂に登って、目的地を見て一杯飲んで帰る。僕の場合は、道があれば下りていき、また戻るという繰り返し」と、冒頭から意外性に富んだお話に参加者は引き寄せられていきました。
不思議な三角点を見てからは三角点ばかり35個所を一通り調べる。68の滝、岩、神社、ダム、疑問や感動の連続で、納得いくまで調べる。「気の遠くなるような作業です。皆さんあきれてると思います」の言葉に一同大笑い。
登山道については、行き止まりも調べて書いた、わかりにくい登山口は拡大図を書いた。自分が欲しい地図を自分で作ることになったと、端的に本の特徴を述べられました。
終盤は、写真の整理についても詳しく解説していただきました。みんなが持っているエクセルとパワーポイントだけを使って、整理されているとのことで、素人の目線を大切にされる姿勢を実感できました。

素直な疑問や好奇心を大切にしたい

 117回の市民セミナーで、会場がため息や笑いでこんなに賑わったのは珍しいことです。東さんが「素人だから」と紹介される実践内容に共感が高まったのです。頭でっかちになって忘れがちな、素直な疑問や好奇心がほとばしる様子を目にすることができ、大きな教訓を見出しました。

講演の内容

講演の挨拶(東 充さん)

 山は本当に素人です。60歳になって初めて山に登って、「この道はどこへ下りていくのか?」という疑問から、こんな本ができた。皆さんの方が山に詳しい、初心者が作ったということでご理解ください。

1.六甲連山バイブルはどのようにして生まれたのか!

■震災復興から「アーカイブ写真館」設立

 神戸市の整備公社で震災復興に関わって以降、長田区役所の手伝いをして、倉庫で写真のネガを10箱くらい発見した。それで約5万点の写真を整理した。神戸市の本庁からも声がかかり、地下に行くと山のような約60箱、50~60万点の資料が眠っていた。約7ヶ月かけて8人を雇って全部整理したら、神戸市文書館からも資料1万点のデジタル化を依頼された。このように写真の整理保存したことが、アーカイブ資料館の設立につながった。この本の自費出版にもつながっている。

■60歳の転機で「初心者クラブ」

 60歳になった時、神戸市の若い子たちと「初心者クラブ」を作って、山に登りだした。鉢伏山から 始めて、全山縦走の練習をするようになった。平成18年11月23日に、一番若い人と死にかけの年寄りの2人が完走した。(笑い)

■全山縦走から5年かけて踏査した

 全山縦走の翌年1月から、「この道はどこに下りていくのかな?」という疑問から、山を歩き出し た。塩屋の縦走路から写真を撮って歩き出すと、歴史や史跡にも関心が涌き、神社や史跡に立ち寄る。旗振山に登る、山頂や三角点にも疑問を持つ。
何かあると写真を撮って調べてみる。次から次に不思議なものが現れてきた。道があると下りていく、また戻るという繰り返しをした。六甲山の縦走を開始して4年から5年かけて、最後に宝塚の塩尾寺に行った。

2.山にはまったくの素人が登ると感動と発見と疑問の連続!

■登山道の名前に疑問

 変なものがあればすぐに飛びついた。登山道には名前が付いている、何でこんな名前やと疑問が湧いて、調べるという繰り返しをした。どんな本を見ても六甲山になんぼ山頂があるのか書いていない。地元の人しか知らない名前もあるようで、僕自身は79の山頂を全部行った。一番低い山頂は諏訪山151mとか、登りにくい山は剣山とか、山の「いわれ」も面白い。

■次々に疑問が涌く、そして調べる繰り返し

●三角点:旗振山にあるのは、埋もれて枠で囲んである不思議な三角点だった。それが初めで三角点ばかり調べた。一番豪華なのは高取の三角点(表紙写真)で、イスとテーブル付のすごいやつだ。
●地図:神戸市が発行している六甲縦走地図しか持っていない。図面もそれを使ってはめ込んでいる。
●滝:名前のあるのが68ほどある。一番大きい布引の滝、小さい小便滝は知られているが、大雨と放水の時だけの滝や行者が打たれる滝も調べた。
●岩:岩と名前が一致しないので何度も足を運んだ。荒地山ボルダーでは写真を撮って、地図とにらみ合わせて、結局地図まで作ってしまった。北山ボルダーも3つのエリアにわけて地図を作った。
●神社:神社もいっぱいある。南側に多いのは八幡神社で、北側には山王神社が多い。野仏も、四国88ケ所、西国33ケ所も多い。88ケ所は9つの寺が持っている。神呪寺の88ケ所の地図がなかったので自分が作った。
●ダム:鎧積みダムを見た時は感動でした。スリットダムや格子ダムを初めて見て、非常に楽しくなって川を上がっていった。
●登山道の地図:一般の本には書いていない道がいっぱいある。危ない道には道標が立っていない、自分が行って確かめて分かる範囲で細かく書いていった。登山口については分かりにくいので拡大図を作った。谷上や須磨で登山口を探すのは大変だ。曲がり角に来てわかりにくいところは写真を付けている。写真だけでも7~8千枚使っている。

■「六甲山展」が本を作るきっかけ

六甲山の歴史は明治どころか、もっと昔からある。この間「六甲山展」をアーカイブ写真館で開催した。いろんな写真と年表を付けて紹介した。これを見た来館者から、「六甲連山バイブル」を出版することを勧められた。登山のものを分類して作ったのが今の本で、写真を整理保存するという作業をやっていたのが大きい。

●六甲連山バイブル(登山編):六甲山の塩屋から宝塚まで400の登山道をを掲載、5巻の基幹冊子。六甲連山の登山道400、六甲連山縦走ブロック別登山地図、六甲全山縦走路ブロック別所要時間、六甲連山の登山口・公園などの拡大図、六甲連山に係る由来・いわれ・伝説・民話等、六甲山の歴史変遷(古代から平成20年)

3.六甲連山バイブルの見どころは!

■六甲山の写真の整理の仕方

●六甲の登山道を10のブロックに:六甲山の写真をどのように整理をしているか、「六甲連山写真集」の中にある「六甲連山バイブル」が基になっている、「六甲の登山道」ばっかりの写真を10に分けた。(持参のハードディスクを開いて説明)「西六甲」を開けると、「塩屋道、須磨道、・・・」という具合に分かれ、「塩屋道」を開けると、「塩屋道の縦走路、塩屋東道、梅花道・・・」が出る。

●六甲の景観:西の鉢伏山から東の宝塚まで、景色いいとこばっかり何千枚も撮って、「景観編」というのにしている。

●山頂の写真:山頂名ばかり79を整理している。山頂で写真を撮ったら、必ず記憶のあるうちに山頂名を書くようにしている。時間が経つとわからなくなってしまう。

●神呪寺八十八個所の礼拝所:甲山の神呪寺で八十八ケ所を回ろうとして、1枚ものの案内図を求めたらなかった。そこで、歩いて調べて一個一個の写真を撮って作った。気の遠くなるようなことをやった。

■自分が欲しい地図を自分で作った

 皆さんあきれていると思いますが、素人がやるとこうなる。素人でなかったらこんなことをしません。一つ一つの道が全体でわかるようなものが必要だと思った。自分でわかりやすい地図を作らないと、他の地図をみても分からない。要は歩きながら、分かりやすい自分の地図を作った。400の道を90枚に収めた。

質疑・応答

●深みにはまっていらっしゃいますか:

深みよりも横なんです。一つの区切りが済めば次に行くというやり方をしている。登山が趣味で山に上がっているわけではないので。

●ソフトは何を使われていますか:

表だけがエクセルで、パワーポイントだけを使っています。みんなが使えるソフトにした。パワーポイントは本やパネルになる、地図も作っている。表と写真は全部、リンクさせている。

まとめ(東さん)

 初心者でこのように一匹オオカミのように調べただけですが、六甲にからんでいろんな人と出会えることができたのが良かった。六甲のことはできるだけ、皆さんと一緒にこれからもお役に立てることがあればやりたい。

事務局より

 当会でも素人の関心を大事にしながら、多彩な市民セミナーを開催して、『六甲山物語』を刊行しています。東さんの『六甲連山バイブル』と一脈通じるものを感じます。素朴な疑問や関心を持つことと、それを地道に整理することから、目を見張るような逸品が出来上がるのを出席者全員が学びました。