- 英国や北欧における自然の恵みを皆が享受する思想
- 地域共有の入会林野(いりあいりんや)の持つ可能性や課題
- お金で替えがたい六甲山の価値
近年、森林の癒し効果に注目が寄せられている。健康増進に資 するような森林があっても、そこへアクセスできるかどうかが問 われる。英国のフットパスの歴史や現在に触れつつ、万人が自然 にアクセスすることの意義や課題を考えたい。
市民の自然資産である六甲山を「誰のもの?」という視点から、先進的な考え方や事例をもとにお話しいただきます。六甲山にどのような関わりをすればいいのか、考えてみませんか。(事務局)
開催日時 | 2016年10月17日(土) 10:00 |
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会場 | 六甲山自然保護センター & 近畿自然歩道・まちっ子の森 |
講師 | 三俣 学 (みつまた がく) |
詳細 | チラシPDF 報告書抜粋PDF |
市民セミナー報告書より
秋晴れの自然歩道で22名がササ刈り
朝の記念碑台は快晴、自然体験会に22名が参加し、「散歩道」のササ刈りをしました。三俣先生とゼミ生3名も参加し、六甲山ホテル東までの約500mで三々五々に分かれて作業しました。
午後の講演に27名が参加しました。森づくりや山道整備の体験をテーマに結びつけて考えました。
三俣ゼミは下唐櫃村で林業も研究
三俣先生は県立大学に赴任して12年間ずっと、「卒業記念ウォーク」を続けておられます。森林植物園で禿げ山の展示コーナーを見て、森林が人間社会にとっていかに重要かを学ぶのです。北六甲の下唐櫃村でも桧林の間伐を体験し研究されています。本格的にフィールドワークを実践する経済学徒を養成されていることに感心します。今回は、「環境資源としての六甲山」というテーマで、「六甲山は誰のもの?」と投げかけて案内をしました。当日は、さらに焦点を絞って「六甲山の利活用を考える~環境資源管理の議論から~」の資料をご用意いただき、テーマと講演内容も修正しました。
資源管理の議論から、六甲山の利活用を考えた
資源管理の議論の源流として、G.ハーディンの論文「コモンズ(共同地)の悲劇」を紹介されました。続いて、エリノア・オストロムがノーベル経済学賞を受賞した学説を上げて、「コモンズは悲劇に陥らない」と、「ローカルルール」の形成を説明されました。2つの理論を、甲賀の入会林野で実証研究され、「ローカルルール」の形成を確認されています。これら学術研究を背景に、「協治」の事例研究を進められ、イギリスと北欧の自然アクセス制度の調査をされています。
続いて、現地で撮影された写真を使って、興味深いエピソードを感動込めて話されました。イギリスの「歩く権利法」、フットパスの特徴を説明され、次は、スウェーデンの「万人権(ばんにんけん)です。「私有地公用地を自由にアクセスする権利」が国の柱に据えられていること、「野外活動は自然における経験の活動を通じて、自然と魂がバランスを保つ生活様式だ」という哲学が根づいているとのことです。
「歩く権利法」や「万人権」は歴史の経験から紡ぎ出されています。日本の土地所有は「絶対排他的権利」で、アクセス権を広めるのが難しいという現実も知りました。
改めて「六甲山を使わなくちゃ、もったいない」
当会は当事者でない外縁の市民として、六甲山の新たな「便益」を探っていると理解できました。これまでの六甲山の「便益」が推移し変化するだろうと予見しました。
講演の経緯(三俣 学さん)
■環境資源管理から六甲山の利活用を考える
写真が30枚か40枚あり、退屈にならないようわかりやすくお話しします。皆さんと共有したいのは、六甲山など山や海や川など、本来どう管理すればいいのか、その前提としてどうとらえていけばいいか、ということです。
講演内容
1.G.ハーディンの論文から始まった資源管理の議論
■ギャレット.ハーディングの論文
1968年にサイエンスに「The Tragedy of the Commons」(共同地の悲劇) を書いた。資源管理論や環境論など、研究者の中で最も引用の多い論文で、「所有権がはっきりしない、利用管理が決まっていないと、悲劇の結果になる」という。
●コモンズの悲劇:不特定多数の人が自分のやり方で管理すると、自分の羊や牛を好き放題に入れ、牛が増えすぎて、牧草地の草は根こそぎ枯れてしまう。共同放牧地は、皆がそこを好き勝手に使えるから悲劇が起こる。だから公の持つ権力によるか、市場的な私的管理にすれば、そのような
悲劇はおこらないという。
■ローカルルールの形成
2009 年に女性で初めてノーベル経済学賞を受賞したエリノア・オストロムが、共用とか、共有の新しい意味を学問上で打ち立てた。「ある条件下では、利用者集団が長期にわたって、地域の資源を持続的に管理してきた」「コモンズは悲劇に陥りませんよ」と、ハーディンの理論に異を唱えた。
●ローカルルール:「環境資源が便益(利益)を及ぼす限りにおいて、利用者は環境資源を守る義務を果たす」。なぜ上手くいくかというと、ハーディンが見落としてい
た、「ローカルルール」が形成されるからだ。
■入会林野の研究
滋賀県・三重県の県境の甲賀に大きな共有林、入会林野がある。ここで、ハーディンが正しいのか、オストロムが正しいのか。ちゃんとローカルルールが出来ていくのか、私は考えた。
●禿げ山の問題:明治時代、「この山はみんなの山だ。燃料が必要だ」と取り放題取ったので大原共有林野は禿げ山になった。水害・災害が多発し、集落の人たちは自分の問題、禿げ山の問題を考え出して、すぐに規約を作った。これがローカルルールだ。
●規約と罰則:ルールができてモニターする。そして罰則も決め、状況に応じて罰則する。こういう風なローカルルールを作って、ここの禿げ山から脱した。
2.グローバル時代の資源・環境問題と「協治」という考え方
■グローバル時代の資源管理
昭和39年から木材利用の関税がほとんどゼロで、人工林を2世代3世代かけて伐っても割りに合わない。外材が日本の人工林と取って代わり、市場を占有した。
●山林の放置:雑木林が手つかずに、そして竹林が放置され、活用が低減されていく。管理義務だけが大きくなって、そこからもたらされる便益が少なくなってきている。元から使っていたメンバーが放置しはじめて、元々の山が公益的機能を発揮しなくなってくる。
●外縁者の便益:便益が直接、所有者にではなく、むしろ、外縁の流域住民だとか、都市市民、漁師にぶ及ぶようになった。「当事者ではないけれど、これを管理する」という図式になっている。
■協治の研究
グローバル時代には資源の持っている意味合いが少しずつ変わっきた。所有とか利用とかの関係を新たに組み直していく必要がある。
●「協治」の考え方:東京大学の井上真(いのうえ まこと)が、「協治」を「中央政府、地方自治体、住民、企業、NGO、地球市民など様々な主体(利害関係者)が、協働(コラボレーション)して資源管理を行う仕組み」と定義している。井上の議論では「開かれた地元主義」が示され、閉鎖性の強い地元主義ではなくて、ある程度自分たちと周りの人たちとの関係を上手く構築しながら、資源管理を行う重要性が指摘されている。
●「協治」の事例研究:様々な所有者も利用者も、みんなが理想的にひとつの目標を達成するために、行動できるかということを考えている。他にそういった「協治」にあたるような枠組みを持って「協治」している事例はないのか研究して、10年くらいになる。
3.英国と北欧の自然アクセス制度
■イギリスの歩く権利
自然を愛でるために、「歩く権利が設定されている場所」を歩くことができる。元々は領主が囲い込んで、私的所有・所有概念がはっきりしている。
●キンダースカウト事件:1932年にピークディストリクトという美しい丘に日常的に上っていた労働者達を、領主が閉め出した。それは許せないと数百人が集まって行動を起こし、逮捕者が3名出た。マスコミが報道したら、「長らくそういう自然にずっと飢えてきたわけで、歩くことぐらい構わないじゃないか」と議論を喚起し、「歩く権利法」の制定につながった。
●フットパス:英国の共同地は全部「歩く権利」がかかっていて、2000年法によって全部面的にアクセスできる。歩く権利の道は18万キロ~19万キロに達する。私的所有者はそのアクセスを拒んではいけない。
●マップ化:多大な費用をかけて、行政の責任でマップ化している。GISといって、ハイテク機能、衛星写真を用いて、どこが「歩く権利」がかかっているか、ボタンを押すと見える。
■スウェーデンの万人権
「全ての人がある制約下において、私有地・公有地を自由にアクセスする権利がある」と、国のひとつの柱として据えられている。ある制約というのは、「プライバシーを侵害しない」「自然を破壊しない」の2つだ。
●野外活動の哲学:「野外活動は自然における経験の活動を通じて、肉体と魂がバランスを保つ生活様式だ」という哲学があり、自然にアクセスする権利が慣習として残され、ゲルマン民族の根元的な部分を成すとされる。
●万人権に関わる問題:スウェーデン人に雇われて、多くのタイ人が、1日かかって手で摘んだブルーベリーを買い上げる。商業的に使う人が出てくると、ふつうにおしゃべりして日常的に採って食べる人たちとの間に、少しずつ温度差が出てくる。多様な利用者がいる。
●万人に開いたアクセス制度の評価:1番目は人々の自然への関心を喚起できる。2つ目は、環境保全政策への国民の理解。3番目は、より多くの人たちがアクセスすれば、その人たちも、意志決定に加わる可能性が出てくる。乱開発、放置の抑制機能。開発の抑制をするような機能がある。4番目がそういったアクセスを通じていろんな形で生態系のサービスが供給される。
●懸念される点:たくさんの係争が発生する。私的な権利と公的な権利のせめぎ合いになり、そこの棲み分けを上手くするため、行政の費用負担も大きくなる。仮に機会を使った採取がなされれば問題は深刻化するだろう。それが頻発すれば、野外活動の縮小に進んでいく。
●行動規範の共有:アクセスすることがどこまで許されて、許されないのか、共有化されることが必要だ。親から、自分が子どもの頃に連れて行ってくれた時に散々教えられている、というのが行動規範としてある。
質疑応答
◆奥田:「健康で文化的な生活」が憲法25条で保障されている。六甲山を健康のための施設として使いたい。
●三俣:深い問題提起だ。今の日本は経済市場主義で思想的基盤も明治時代から変質した。それを取り戻す一つの皮切りが「健康」や「文化」ということかもしれない。
●三俣:利用者間のトラブルの調整も必要。法学的には「所有権の内在的制約」という議論がある。日本の私的所有は他国と比してかなり強い。不在村地主の放置もなか
なか是正しにくい。
◆鬣(たてがみ):イギリスのフットパスや北欧の万人権は、都市部でどの程度認めらるのか。
●三俣:「都市コモンズ」がある。イギリスの場合は1925年に「財産法」ができた。大都市の入会地、共用で使っている所はすべて歩く権利を付与するという法律。北欧の万人権は、都市部の方でも田舎同様に行使できる。
●三俣:都市部と農村部では万人権に対する考え方が違うと予想したが、違いはなかった。家庭教育の段階で、自然との付き合い方を学んで、行動規範になっていた。
●三俣:法の流れはローマ法とゲルマン法に分けられる。日本はローマ法の体系を汲んでおり、所有権の描かれ方は「絶対排他的権利」になる。ゲルマン法は、社会的な関係において、所有権のあり方は規定される。
●三俣:戦後の象徴的なものが、高砂市の入り浜権運動。高度成長で火力発電所が海岸を占拠し、住民や利用者が閉め出された。裁判で「入り浜権」を争ったが負けた。日本でアクセス権を認めていくのは大変難しい。
事務局から
六甲山て誰のもの?」と問いかけてスタートした。これからもずっと考えていく。今日は六甲山上での議論の出発で、こんな議論を続けることを提案したい。